NHKドラマ10『しあわせは食べて寝て待て』は本当に素晴らしいドラマだと思う。第6話は主人公は移住しようと思って断念するだけだ。しかし、そこに人間の人生のひだがきちんと描かれている。今シーズン最も優秀なドラマであることは間違いない。
ベジタリアンになりたい反橋りく
季節は冬。喉にいいと言われる旬の金柑を手に取りながらも、価格の高さにため息をつく麦巻さとこ(桜井ユキ)。来月には安くなると自分に言い聞かせ、買い物かごに入れるのをやめる。その慎ましい選択に、彼女の日々の暮らしが滲み出ていた。
一方、同じ団地に住む反橋りく(北乃きい)は自室の台所で料理をしている。棚にはベジタリアンの書籍が並び、食生活への意識の高さがうかがえる。しかし、彼女はどこか居心地が悪そうに見える。実家が好きではないのだろうか。
場面は変わって、ファミリーレストラン。さとこは八つ頭仁志(西山潤)と向かい合って座っている。今日はスイーツ無料クーポンに釣られて呼び出されたが、誘ったのは羽白司(宮沢氷魚)であり、彼はまだ姿を見せていない。八つ頭は「会話の練習のためにわざと遅れている」と口にするが、静かな気まずさが二人の間に漂う。
「普段なにをしているんですか?」というさとこの問いに、「特に何も」と返す八つ頭。社会との不和を口にする彼に、さとこは「身体の不調や事情があれば、見つからないものもある」と優しく言葉を重ねる。「幸せになるイメージすら湧かない」と語る八つ頭に、さとこも「どういうことなのか、わからない」と共感を寄せる。その空気を和らげたのは、遅れてやってきた司の「一歩いっぽですよ」という山登りになぞらえた言葉だった。
その頃、別の席で一人食事をしていたりくは、「幸せになる、か…」と呟き、どこか寂しげな表情を浮かべていた。
空気のいい温泉のある地方への移住を考えるさとこ
出勤中のさとこは、職場で同僚の唐圭一郎(福士誠治)と顔を合わせる。唐は福島出張の帰りで、喘息持ちの人が温泉で改善したという話を耳にしたという。「住む場所は働く場所で選ぶ人が多いけど、自分に合う場所が本来の選択肢では」と語る唐に、さとこの心は揺れる。「自然の力で体調を整える」…そんなフレーズに惹かれ、移住者のブログを調べ始める。地方移住を果たし、カフェを開いた膠原病患者の体験に触れたさとこは、自分の人生を重ねて想像する。
その頃、りくはオフィスで同僚の仕事を手伝って残業をこなしていた。自宅では母と弟の食事を支えているが、ベジタリアン志向の彼女と、肉好きな家族との間に食のギャップがあるようだ。
ファミレスでは、りくと八つ頭が偶然居合わせ、きまずい空気が流れる。同じ団地に住む二人は帰路も共にすることに。八つ頭はりくに「ベジタリアンですか」と尋ねられ、鶏をペットとして飼っているSNSユーザーの影響で、肉や卵から遠ざかっていると明かす。
一方、さとこはスーパーで再び金柑とにらめっこ。値段はまだ下がっていない。
ある日、公園で高麗なつき(土居志央梨)を見つけたさとこ。なつきは耳栓をし、真剣なまなざしで何かを見ている。理由は、隣室の老人の痰を吐く音が耐えられないからだという。「この団地には未来がない」と断じるなつきの言葉に、閉塞感が広がる。
再びファミレスに現れたりくはソイラテを飲み、八つ頭と顔を合わせる。八つ頭は「引きこもって5年目」と明かすが、りくは「そういう時期ってありますよね」と偏見なく応じる。実家に戻り、母の食のこだわりに苦しむりくに、八つ頭は「逃げていい」と力強く言葉をかける。自身の引きこもりも「間違いではなかった」と語る姿には、確かな芯が芽生えていた。
さとこは、移住について真剣に検討を進めていたが、病院が市街地に一つしかない点が引っかかっていた。そんな時、司からキャベツのお裾分けを受けるよう呼び出される。だがその理由は、八つ頭が女性と談笑しているのを心配してのことだった。女性はりくであり、スーパーで既に面識のあるさとこは誤解をすぐに解く。
りくは八つ頭と話す時間が楽しく、時間を忘れてしまうという。二人の間に良い雰囲気が流れるのを見て、美山鈴(加賀まりこ)は「一緒に団地を出て行くかもしれない」とほほ笑む。さとこも、「温泉のある土地に移住するのもありかも」と語り、りくも「いつか一緒に」とその想いに応じる。さとこは、「選択肢が増えるだけでも元気になれる」と語り、まだ見ぬ未来に希望を馳せる。
移住は難しい・・・けれど
しかし翌日、さとこは体調を崩す。寒さが少し増しただけで発熱してしまい、移住への不安が頭をよぎる。
一方で、りくは八つ頭と移住の話で盛り上がっていた。さとこは集めていた移住資料をりくに手渡すが、自分が置いていかれたような気持ちになる。
団地での暮らしや美山との日々が好きなのに、挑戦できる自分でありたかった――さとこは静かに自問する。その独り言を、司は耳にしていた。
ドラマ10【#しあわせは食べて寝て待て】
6話配信中振り返るとそこには…https://t.co/7pqqmo8Qe2#桜井ユキ pic.twitter.com/ew4nY2LGAS
— NHKドラマ (@nhk_dramas) May 6, 2025
後日、司が金柑を差し入れ、玄関には「お礼お断り」の張り紙。気遣いを感じ取ったさとこは、ついに金柑で料理を作り始める。少しずつ、力が戻る感覚。移住という大きな一歩は踏み出せなかったが、今ここで幸せを噛みしめることができた。
そこへ現れたのは目白弓(中山ひなの)。「部屋を貸してほしい」と転がり込んできた弓に、さとこは金柑料理をふるまう。その表情には、確かな誇らしさが宿っていた。
さとこは移住できなかった。主人公が目標を叶えられない。このドラマの特徴はそこにある。それでも、彼女は最後にほんの少し何かを掴む。そのほんの少しの何かが積み重なって、やがて大きな幸せにつながりそうな予感がするから、このドラマが僕は好きなのだ。