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【ドラマ考察】北川景子『あなたを奪ったその日から』VS松雪泰子『Mother』―誘拐犯が“母”になるとき、何が描かれるのか?


現在フジテレビ系列で放送中の『あなたを奪ったその日から』(カンテレ製作)は北川景子演じる、娘を食事のアレルギーで失った母親が、その食品を製造した社長の娘を誘拐して真実を隠したまま育てるという衝撃の物語を描いている。

この母親が小さな子を誘拐するという物語は、坂元裕二の代表作『Mother』を思い起こさせる。『あなたを奪ったその日から』と『Mother』を比較してどのような違いがあるだろうか。

北川景子×松雪泰子、二つの誘拐劇が描く「母になる」という試練

『あなたを奪ったその日から』は、娘を失った母が“復讐”の果てに他人の子を奪い、母になろうとする物語である。その構造は、2010年放送の伝説的ドラマ『Mother』(脚本・坂元裕二)を彷彿とさせる。

両作品は共通して「誘拐された子と誘拐した女の歪な親子関係」を描く。そしてその奥に潜む“母性の幻想”について掘り下げようという試みにおいて共通点があると言える。

「母になること」は誰にでも許されるのか?

『Mother』が描いたのは、虐待を受けていた少女を保護するため、誘拐という手段に出た女性・鈴原奈緒(松雪泰子)の苦悩と変化である。一方、『あなたを奪ったその日から』の中越紘海(北川景子)は、企業の不誠実な対応によって娘を失った母であり、怒りと哀しみを抱えて加害者の娘を誘拐する。両者は“子どもを守りたい”という行為の出発点において共通するが、その動機は決定的に異なる。

特に『Mother』では、「母性とは生まれ持つものか、努力して身につけるものか?」という問いが根底にある。奈緒自身、実母に捨てられた過去を持ち、母になる資格があるのか苦悩する。しかし坂元裕二の脚本は、無償の愛という幻想を排し、「愛するとは何か」を愚直に問い続ける。母になるとは自然になるものではなく、強い決意を持ってなるものだと描かれていることに特徴がある。

『あなたを奪ったその日から』における紘海の行動はより衝動的であり、母性が復讐心と結びついている。第1話で彼女が「お母さんよ」と誘拐した萌子に語りかける場面は、母としての覚悟ではなく、怒りに突き動かされた狂気にも見える。とはいえ、話数を重ねるごとに彼女が母として目覚めていく過程が描かれ、物語は一種の“贖罪”としての母性へと移行していく。3話では、誘拐した萌子とこ美海の将来の夢をかなえるために、罪を犯して戸籍を用意し、中学生にまで育て上げた経緯が描かれる。

天才子役×演技巧者──演技が物語に真実を与える

『Mother』の最大の衝撃は、当時5歳だった芦田愛菜の演技である。空気を読み、感情を抑え込む子どもの表情を自然に演じ分け、セリフの外にある感情を可視化した演技は、すでに「演技の力」というより「存在の力」であった。

対する『あなたを奪ったその日から』の一色香澄、そして成長後を演じる前田花もまた、その表情としぐさに説得力を宿している。母に捨てられた過去を持つ萌子が、誘拐犯である紘海に少しずつ心を開いていく過程は、脚本以上に演技で語られる。北川景子もまた、悲しみを内に秘めた抑制の効いた演技で、母として壊れそうな精神と愛情の揺らぎを表現している。

とはいえ、演技の完成度においては、やはり『Mother』が抜きん出ている。松雪泰子、田中裕子、尾野真千子、綾野剛らが紡ぎ出す、罪と愛のグラデーションはまさに極上の人間ドラマであった。

坂元裕二の「加害者を描くドラマ」から受け継がれたもの

『Mother』は、坂元裕二の作家性が最も強く発露された作品のひとつである。彼は一貫して、「世の中は善と悪では割り切れない」というテーマを描いてきた。奈緒の誘拐も、尾野真千子演じる母親の虐待も、「簡単に非難できない事情」が背景にある。

坂元はその後も『それでも、生きてゆく』『カルテット』、そしてカンヌ脚本賞を受賞した映画『怪物』でも「加害者を描くこと」に挑み続けた。『Mother』はその原点であり、「罪を犯した人々をどう理解するか」という問いを、ドラマの形で私たちに突きつけたのだ。

『あなたを奪ったその日から』もまた、「誘拐犯が母になろうとする」異常な状況のなかで、“赦しとは何か”という問いを持ち込もうとしている。しかし、その倫理的複雑さはまだ発展途上にあり、現時点ではサスペンスやミステリーの要素が先行している印象がある。坂元が描いたような深層心理の描写と社会的テーマの融合には、さらなる踏み込みが期待される。しかし第4話以降、紘海の犯した罪が美海に知られてしまう展開が待ち受けているだろう。その時、被害者から始まり、誘拐の加害者となった紘海をどのように描くのか、注目すべきポイントだ。

「母とは何か」の問いに、明快な答えはない

『Mother』と『あなたを奪ったその日から』──両作は誘拐という違法行為をきっかけに、「母性」という神話に挑んだ作品である。

いずれも、単なる“感動の母子ドラマ”に収まることなく、人間の感情の深淵を覗かせる作品だ。善悪の境界が曖昧になり、正しさの定義が揺らぐこの時代において、二つのドラマが提示する「母になる」という命題は、視聴者の倫理観を静かに揺さぶり続けるだろう。

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