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高橋一生『岸辺露伴は動かない 懺悔室』が刺さった。“ベネチアロケ”と“余白”の美学が日本映画を変えるか?


映画『岸辺露伴は動かない 懺悔室』が面白かった。キャラクタームービーとして面白いだけじゃなく、ストーリーもいいし、画も良かった。一本の映画としてとても良かった。

今時の映画としては珍しいくらいじっくりと展開が進む。5分に一回見せ場があるみたいな作り方とは異なり、詰め込めすぎていない。むしろ、余白とは間で勝負するといった作り方をしている。

そして、全編ベネチアロケは効いていた。岸辺露伴という浮世離れした存在感の男には、特別感のあるロケーションがあった方がいい。実写化の醍醐味は本物の土地を写せるということ。その良さを存分に生かした作品だった。

急がない物語展開で余白や間も重視

本作は、荒木飛呂彦の『ジョジョの奇妙な冒険』のスピンオフ作品『岸辺露伴は動かない』の第1話「懺悔室」を映画化したものとなる。この原作の内容に概ね沿っているが、沿っているのは前半部のみで、後半はオリジナル展開となっていく。

「懺悔室」はその名の通りほとんどが懺悔室で、露伴が懺悔を聞く構成になっているので、キャラクターが動かないで展開する。これをただ映像化するのでは、退屈な作品になってしまうと思われていたが、大胆な照明設計で見ごたえある懺悔シーンになっていた。ミステリアスな教会にミステリアスな雰囲気の露伴に、始まるミステリアスな懺悔内容を視覚化するにあたり、表情の一部だけを映し、照明で大胆に顔のほぼ全体を暗くするような画作り。あまり最近の日本映画でこういう照明設計はないので、新鮮。

そして、告解の内容は回想再現で見せつつ、この奇妙な事件がさらに続いていくようにしかけておき、後半は事件の解決に動き出す露伴の活躍を描く。

元々短い原作であるので、2時間の映画にしても詰め込みすぎなくていい。実際、一つひとつの要素をじっくりと描く構成で、今時の映画としては珍しいと思った。

この作品の物語は、幸せの絶頂になると不幸のどん底に叩き落される呪いをかけられた男の末路を描くのだが、この物語にヴェルディの名作オペラ「リゴレット」を重ねていく展開が良い。イタリアが舞台なことを活かしている。日本ではオペラを日常的に見に行く習慣はないので、出しにくいが、イタリアならありだ。

ベルディの名作『リゴレット』とは

『リゴレット』は愛憎と呪いと入れ替わりをめぐる物語だ。

舞台は16世紀のマントヴァ公国。好色なマントヴァ公爵は宮廷で女性たちを誘惑しており、宮廷道化師リゴレットは公爵の行為を嘲笑で助長している。公爵の次の標的は美しい娘ジルダ。一方、モンテローネ伯爵が公爵に娘を汚されたと抗議しますが、リゴレットに嘲笑され、怒った伯爵はリゴレットに呪いをかける。
リゴレットは実は醜い背むしの男で、ジルダは彼の娘。人目につかないよう大切に育てていたが、貧しい学生と偽って名乗って近づいた公爵と恋に落ちてしまう。宮廷の廷臣たちがジルダを誘拐し、公爵のもとへ連れて行く。リゴレットは娘の純潔が奪われたことを知り、復讐を誓う。
リゴレットは殺し屋スパラフチーレに公爵暗殺を依頼。スパラフチーレの妹マッダレーナは公爵を誘惑するが、彼に魅力を感じて兄に公爵を殺さないように懇願。代わり、最初に宿屋に入った者を殺すことにする。ジ一方、ジルダは公爵への愛を捨てきれず、男装して宿屋に入り、身スパラフチーレに殺されることになる。ジルダは父に許しを請いながら息を引き取り、リゴレットはモンテローネ伯爵の呪いが実現したことを悟り絶望する。

本作で井浦新演じる、呪いをかけられた男にも娘がおり、娘(玉城ティナ)が結婚して幸せの絶頂になろうとしている。それでは不幸になってしまうからとなんとか結婚を阻止しようと画策するが、露伴の機転でその呪いをかいくぐりながら、娘の結婚を成立させようとする物語だ。

幸運と不幸の隣り合わせの関係を描いた物語として非常によくできていて、人間の愚かさや弱さ、滑稽さがきちんと描けている。なかなか格調高い作りになっていて、マンガの実写化として異色の作品と言える。

ベネチアロケの威力、広角映像の是非

本作は全編ベネチアロケを敢行している。イタリアと共同製作扱いなのかどうかわからないが、イタリアの政府関係のファンドも利用している。日本とイタリアは映画の国際共同製作の協定を政府間で結んだので、共同製作ならば、イタリアの助成金も使うことができる。おそらく、そのスキームを使っているのだろうか、取材して確認する機会がほしい。

ベネチアロケは非常に効果的だった。ちょっと寓話的な非現実的な物語なので、ロケ地がそれに見合う場所である方がいい。露伴もそのいでたちがなかなか歌舞いているので、どこか違う場所がほしいと感じる。ベネチアはうってつけのロケーションだったろう。広角を多用している映像は、広角のゆがみがかえって白日夢のような雰囲気を作っていて作品にマッチしていた。

実写化の成功例

実写化は難しいとよく言われるが、本作の成功はやはり実写ならではの部分へのこだわりがあることも大きい。実写にしかできない表現は、本物を写すことにある。本物のベネチアの街を写すことで説得力がおおいに増した。高橋一生演じる露伴も数を重ねてかなり板についてきている。撮影場所に狭い路地をたくさん選択しているのも、迷宮入りのミステリーの雰囲気を作ることに一役買っていた。

シリーズものではなるが、この作品は基本的に一話完結なので、この作品から鑑賞しても問題ない。露伴がどんな能力を持っているのかも冒頭で見せるように構成していて、初見でも特に引っ掛かりを覚えることなく鑑賞できるだろう。